連休からスタートしたこのプレート。
ようやく仕上がりました。
上絵とイングレーズのコラボ。
「Doily」のいろいろな可能性を見せていただいたご依頼でした。
幸せな制作に携わるって何か嬉しいですね。
いい機会を与えてくださってありがとうございました。
Doily-dot のボウル。
このボウルの形が好きで、どうしても定番の作品にしたかった。
いろいろな磁器を触ってきたけれど、本当に手に馴染むものは数少ない。
これはその中でも個人的に好きな手触りで、シェイプも美しい。
磁器にしてはしっかりとした厚さもあって、そのぽってり感もいい感じ。
手の中にほっこりおさまって、いろいろな飲み物を楽しむのに丁度いい。
その他、お料理の小鉢やヨーグルト、アイスクリームなどデザートを入れてもいいし、
小物入れとして机の上に置いておくのも便利。
今月は、このボウルの月。
注文がこれに集中している。
連休が明けたら、白磁を注文して取りかからなければ。
今は…ちょっと別の連作を描いているけれど、この連休で仕上がるので、それを窯に入れたら、
しばらくはマジメにお仕事します(笑)。
お友達が遊びに来てくれた。
カフェにも行って、いっぱいおしゃべり。
で、家に戻ってきて、器を作ってみないかと言って見本を見せたら、
あれよあれよという間に綺麗な器が出来た。
右が友達作、左がわたしの見本。
初めてとは思えない程、綺麗な手作業とセンスの良さ。
う~ん、こっちがいろいろ学ばせていただいた。
素敵過ぎる~まるで着物の図案のよう。
いろいろあった転写紙から、このグレーを選んだのも彼女だった。
粋な食器が出来た。焼き上がりが楽しみ。
同じバイク乗りでレースが好きな彼女とは、何かすぐ意気投合してしまって、
ブログ友達だったのが、もうずっと昔からの知り合いのように、山のようなお話。
でも、こうして作品を拝見していると、彼女の凛とした素敵なところが全て出ていて、
やっぱり作るものってそのひとが出るなあと、しみじみこのボウルを見て感じてしまった。
次お逢いするのは、サーキットですね。
その時はみんなでまた再会できますね。
今からとてもワクワクです。
レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を、久しぶりに読み返した。
どうしても長く解けなかった謎、というか、分からなかった事を、読み取りたいと思ったからだった。
私立探偵フィリップマーロウは、ふとした事でテリー・レノックスという富豪の娘シルヴィア・ポッターと結婚した元イギリス兵と出逢う。
このテリーの出現により、様々に入り組んだ組織と、事件とに関わっていく事となる。
テリーはどこか人好きのする、魅力ある人物だった。
マーロウの真の魅力を理解していたのも、テリーのある種才能だったのかもしれない。
金持ちの暮らしに居ながらにして、うだつの上がらない私立探偵と逢って、しずかなバーでギムレットを飲む事を楽しみにしていた、本当の人付き合いを知っていた人物だった。
そのテリー・レノックス、この本を語り出すときりがないので、今日読み返した理由だけ記しておこうと思う。
テリー・レノックスはどうして『夢の女』と呼ばれた程の絶世の美女より、気立ても素行もいい加減なシルヴィアを選んだのだろうか?
これがずっと解けない謎だった。
でも、今日読み返してみて、すっと入ってきたのは、「生身の女」であるシルヴィアを選んだという事だったのかなと、何となく理解が出来たのだった。
「夢の女」と称される、レノックスが戦前イギリスで結婚していたアイリーンは、何処までも夢の女であり、その中身に自己というものが感じられないのだと、何度も読み返すうち分かってきた。
シルヴィアはその点、「Fresf & Blood」、そう、「生身の女」であった。
生きていて、実体もあり、活き活きと彼女なりにその生を楽しんでいた。
それは、女として、人間として、何より大切で、人を惹きつけるポイントなのだと思った。
わたしも、やはり金色の蝶より、その溢れる生気を感じて生きている事に魅力を感じる方なので、レノックスやロジャー・ウエイドがシルヴィアに惹かれた理由が分かった気がした。
アイリーンが最後まで理想だけを追いかけていたのは、自分の中に追求するものがなかったのかと、少し可哀想な女性なのかもしれない、と思ってしまった。
男だけではなく、自分の中の世界を持っていれば、もっと夫婦がよりそって生きていける、それこそが理想の夫婦になれたのかもしれないと思うと共に、それぞれが高め合い、より良い関係が築けた二人だったのではと思うのだった。
レノックスに残したあの不遇な想いは、一体何だったんだろうかと、独り身ならまだしも、再度伴侶を得た身、お互いに寄り添って生きていける方法はいくらでもあったのではと思うのだった。
長いお別れで残念なのは、シルヴィアの魅力の片鱗でもいいから描かれていれば、この二人の相対的な違いが見えてきて、もう少し女性としても共感できる物語になったのかもしれないなという事だった。
「夢の女」という言葉が作り上げた幻像は、シルヴィアと対照的に描くことで、もっと活きてきて、テリーの失踪の原因ももっと鮮明に描かれていったのではと思う。
テリーは、きっとテリーなりにシルヴィアを想っていたのだと思える言葉がちらちら出てくる。
その代わり、アイリーンは「どうでもいい女でも、刑務所に入れることは出来ない」という言葉から、戦後の彼にとって何の意味も成さない存在になっていた。
その差異が生んだ悲劇だったのかもしれない。
アイリーンはいつまでも夢の世界から出られず、過去に生きていた、悲しい女性だったのだと、読み返し改めて感じた。
現在の彼女の夫ウエイドも、そのアイリーンに愛想を尽かしていたのかもしれない。
シルヴィアに二人の男性を奪われてしまった理由が自己にある事を考えなかったのも、結局アイリーンが愛していたのは自分自身だけだったのではないだろうか。
本当に相手を愛しているのならば、相手が何処で何をしていようと、それがそのひとのためになるのであれば、しっかり正面から見つめていられるはずではないだろうか。